2016年6月、都内で行われたフランス映画祭のために来日したルシール・アザリロヴィック監督。

2004年にサン・セバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞した前作「エコール」から
11年ぶりに手掛けた最新作「EVOLUTION」が今月26日(土)にいよいよ公開される。

ギャスパー・ノエとのコンビネーションでも知られ
これまでの作品も多方面で芸術作品として呼び声高いことから
本作も公開前からそのビジュアルの美しさに注目が高まっている。

そんな今後も目が離せないルシール監督へのインタビューは本作の上映をする渋谷・UPLINKにて行われた。

長尾(以下N) ── 前作の監督作品『エコール』から今回の『エヴォリューション』の公開まで11年の歳月がありました。
本作を監督するにあたって前作からの監督自身の心境の変化、映画を通して伝えたいところへの変化はありましたでしょうか?

ルシール(以下L) ── 実は『エヴォリューション』は『エコール』の前から構想があったんです。製作費を集めるところからとても大変で、
完成までにとても時間がかかってしまった。これから映画が世界中で公開されて、どういう反応があるのか…心境の変化があるとしたら、これからかもしれませんね。また同じような苦労があるかもしれませんし。

N ── 前作の『エコール』同様に監督の作品は思春期を迎える少年少女たちの微妙な身体的/精神的な変化を繊細に描いています。
大人へと変化していく上で誰しもが経験する形容しようのない大きな不安を常に描く理由はなんでしょうか?

L ── 私自身、子供だった頃にいろいろな不安を抱えていたと思うんです。『MIMI』や『エコール』にも同じくらいの年齢の子供が出てくるんですが、
この作品では『MIMI』でも『エコール』でも描ききれなかった「子供が抱えている不安」を描きたかったんです。
その年頃の子供は、まだ思春期に到達していない歳だからこそ感受性がすごく豊かで、想像の世界を持っていて、
初めて体験することが多いので、肉体的にも精神的にもとても興味深い年齢だと思います。

N ── この作品には独特の質感がありました。それは病院という殺風景で殺伐とした世界と海中の神秘と潤いに満ちた世界。
その対比がとても美しくとても印象に残っています。また病院の施術室のシーンではライトがヒトデ型に光ったり、
ストーリー以外にも観客を引き込むための効果的な手法が使われていました。演出での取り組みは他にはどういったものがありましたか?

L ── ご指摘のとおり、「対比」は意識しました。ごつごつした黒い島の自然と村の白い壁の街並み、
地平線が広がる情景と閉ざされた空間である病院など、特に映画の前半で対比を強調し、後半ではそれを混ぜていくようにしました。たとえば、
無機質で乾いたような空間であった病院は、後半壁が徐々に緑色に変化して、壁から水がしたたり落ちてくる。はっきりとした対比が徐々に混成していくような演出をしました。
そういった質感もそうですけど、衣装とかも特に質感にこだわったので、そこを指摘していただいてうれしいです。

N ── 映画の中でお母さんが身に着けていた衣装とか、島や海のトーンととてもマッチしていて、とても美しかったです。
衣装が濡れてもまた違った良さがあって、ヌードではなくお洋服で少しカバーするような感じもすごく素敵でした。衣装について、こだわりがあれば教えてください。

L ── 女性たちの衣装についてはかなりこだわりました。彼女たちの設定上、島に所属しているという感じを出したかったんです。
決しておしゃれで着せているわけではないのですが、全裸というわけにはいかないし、少年たちもいるので彼女たちの秘密が見えないような形の衣装ということもポイントですね。
石の色や土の色を取り入れた有機的な色、素材で、あくまで身体の線を強調したかったので、もうひとつの肌というような、薄さにもこだわりました。
逆に病院で看護師さんたちが着ている衣装は、軍隊的なものをイメージしています。女性的なラインではあるんだけど、画一的で少し厳格、といった雰囲気の衣装です。

N ── 監督の作品は全体的に輪郭がぼやけているような、全貌を明かさないような神秘と謎に包まれているように思います。
監督の意図と観客の興味が交わっている曖昧な領域が、この作品の予測できない魅力を作り上げていると思います。監督の描ききらない、
ある意味観客にゆだねる作品作りは、意表をついたミステリーだと思いました。この中でも観客に感じ取って欲しいメッセージというものはありますか?

L ── 私は、映画は言葉ではないと思っています。言葉ではないからメッセージも要らない。あくまでも感覚、
そして感情的に何か伝わってくれればいいと思っていますし、これはすごく内的な世界のお話であって、
男の子が感じている不安や期待感といった彼の内面の世界が画面を通して伝わればそれでよいと思っています。

N ── 日本の古い文学に、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」という本があります。この本では、東洋人は陰翳を認めて暗闇に美を見出すが、
西洋人は光に美を見出すと谷崎は書いています。その美意識は日本のわびさびの精神から来ていると思いますが、あなたの作品はどこか東洋的な物暗い美しさを感じます。
それは明らかに美しいというのではなく、なんとなくぼんやりと美しい、というような日本人的な美意識であって、とても共感しました。監督自身が東洋の魅力を感じることはありますか?

L ── ちょうどきのう谷崎潤一郎の生誕地の前を通りかかったんですよ (笑)。
光と影のコントラストについての指摘は、すごくありがたいです。この映画では光と影をとても意識しています。ジョルジョ・デ・キリコの絵のような――たとえば街があって、
そこに太陽の光がバッと当たって、そしてその建物の影が濃く長く伸びている。影の濃さと太陽の光の強さの対照が心の不安を掻き立てるという、そういう効果をこの映画にも求めたんです。

N ── 来日は10年ぶりと伺いましたが、前回の来日も含めて日本で尋ねたところでお気に入りの場所はありますか?

L ── 前回も今回も佃大橋に行きました。佃煮屋さんとかちょっとした神社のある昔の下町っぽい所をお散歩してビルが立ち並ぶ合間に急に小さな神社があったりして、
スピリチュアルなものと物質的なものが混ざっているところも好きです。それから水上バスに乗ったんですが――やっぱり水のあるところが好きなのね(笑)。

【Interview】Film director : Lucile Hadžihalilović